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今日の一言

人事の問題が片付かない根本原因

 働き方改革法案の論点の一つに、「高度プロフェッショナル人材」というテーマがある。単純に言えば、裁量労働を認める範囲を広げようという話だ。野党は「残業が野放しになる」という観点からの批判ばかりしているが、人事と業務のコンサルタントから見ると、相当的外れに見える。反対する根拠として、はなはだ弱い。
 裁量労働制の問題については、様々な企業の人事コンサルティングの中でも頻繁に出会ってきた。多くの場合、きちんとは解決しない。その根本原因が、『アサインメント(一人一人の社員への仕事の割り当て方)』にかかわる日本企業の伝統的な考え方にあるからだ。仕事の与え方を根本的に変えない限り、多くの人事上の問題は解決しない。採用や人材育成についても、多くの問題がこのために先送りされている。
 日本の伝統的なアサインメントの考え方とはどんなものか。二つのコンセプトから成立している。一つは『仕事は完結した塊で与える』こと。二つ目は『仕事は相手の能力に応じて与える』ものだという考え方だ。日本の企業で、日本の人事のありかたしか知らないと、こう言われてもピンとこない。そこをわかりやすくするために、この二つを簡単にまとめると、こうなる。仕事と人のマッチングを考えるときに、『人』を中心に考える。『人』がいて、それに合わせて『仕事』を当てはめる。そういう考え方だ。
 たとえば、人事の仕事を社員に割り当てるとき。多くの会社が、「あなたは採用研修担当。あなたは福利厚生、あなたは労務管理、あなたは給与計算……」というように、分野ごとに仕事を分解し、分野ごとに割り当てる。新入社員がいると、たとえば採用研修を採用と研修に分けて、採用を担当させたり、または採用研修担当のアシスタントにつけて、将来的には採用研修という『塊』を担当させるつもりで育てる。仕事を『塊』で捉え、『人』に合わせて分解のしかたを調整し、割り当てる。『人』に『仕事』を割り当てる。
この考え方と対極になるのが、『仕事』に『人』を割り当てるという考え方だ。『仕事』があって、その仕事に合った『人』を割り当てる。
どちらが正しいというものではない。目的や経営方針に対してどちらが最適かという、あくまで目的と手段の整合性の話だ。そして、現在の人事上の問題や課題の多くが、この目的と手段がずれていることから生じている。わかりやすく言えば、冒頭の裁量労働制も含めて、『目的』側を大きく変革しようとしているのに、現場の『手段』側、つまりアサインメントの在り方をそれに合わせて変えようとしないから、目的と手段が足を引っ張りあって、うまくいかないのである。冒頭にあげた裁量労働の問題が長年解決しないのも、そこに起因している。
日本の『人』に仕事を割り当てるという発想(手段)は、主要な経営方針として『長期雇用』『年功序列』を実現する上では最適だ。長期的に生活を保障する。ライフスタイルに合わせて右肩上がりに所得を高めていく。それによって、会社も人件費をコントロールしやすくなるし、必要な労働力を確保しやすくなる。社員にとっても、安心と安定を獲得できる。まさに労使のウィンウィン。この経営方針は、右肩上がりが続く高度成長期には最適だった。年率20%の成長が当たり前のように実現できた80年代までの話だ。目的はあくまで安定した労働力の確保。
採用も育成も、仕事の割り当ても、すべてこの方針に沿って組み立てられた。新卒の一括採用。何をやらせるかも決めずに人数を確保し、入社させてから人を見て配属、つまり仕事を決める。実力主義、成果主義と言いながら、実際には様々な仕事をその都度の『人』の状況を見ながら与え、何とか上にあげようとする。本当はいらない作業やポジションを、『人』がいるから無理やり作り出していく。たとえば、専門管理職のような複線型人事の仕組みも、ほんとうにそういう『仕事』があるから作り出したのではなく、組織が成長しなくなり、管理職ポストという『仕事』もないのに、そこに大量の管理職になれない『人』がいるから作り出したという会社が多い。日本の生産性が上がらない原因は、『人』に合わせて『仕事』を作り出し、与えていくというこのコンセプトにあるのだ。
バブルが崩壊し、右肩上がりの時代が終わり、「安定して労働力を確保する」ことが必要な時代ではなくなった。全員が右肩上がりというのも、会社が保証するのではなく、自己責任でキャリアアップしていくしかない時代になった。生活保障はそもそも政府による税の再配分機能が果たすべきミッションなのだから、ある意味で正常な社会の姿になったともいえる。その中で、特に高度な専門性を持つ、今後のイノベーションと国際競争力につながる人材を確保するには、高い報酬と自由度(裁量)をインセンティブにするしかない。それが裁量労働制の本質だ。
右肩上がりから、生存競争へ。雇用確保から生産性向上へ。全員一律から多様化へ。こうした『目的』の変化に対して、『人』に合わせて仕事を割り当てる、従来のアサインメントのコンセプトは『手段』として整合しないのである。では、『仕事』に人を割り当てるとはどういうことか。そうすると、どのように現在の『目的』と整合するのか。どんな効果が生まれるのか。ずいぶん長くなってしまったので、このあたりを次回に述べてみたい。(つづく)