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今日の一言

『仕事』に『人』を割り当てる(前回のつづき)

 タイムマネジメント研修や業務改善のコンサルティングの際に紹介する、『クラスタリング』という言葉がある。資源活用に関わる鉄則とでもいうべきものだ。資源とその用途を大きな一つの塊と捉えず、小さなかけらの集合と捉えて、細分化してマッチングする。大きな塊のままでは使いこなせない資源が、小さなかけら単位で活用することで、汎用性が高まる。
たとえば、数人の仲間と外へ食事に出かけた時のことを思い出してみてほしい。この場合、資源は店の空席を指す。用途はあなたたちお客さまだ。空席とお客さまをマッチングして、満席にできた状態が『もっとも効果的に資源を活用できている状態』だ。この時、4人掛けのテーブル席を一つの塊と捉えて、4人組のお客さまとマッチングしようと考えたら、無駄な空席が埋まらず、お客様を待たせたり、逃がしたりしてしまう。お客様のほうも5人で一緒に食事をすることにこだわれば、ボックス席が空くまで待つしかない。
こういう時に、資源(空席)が最大限有効に活用されるために、「相席よろしいですか?」や、「別々の席になっても構いませんか?」というアプローチがある。これが正にクラスタリングである。テーブル席を4つの塊と捉えず、1席かける4と捉える。5人組の顧客を塊で捉えず、1人かける5と捉えて、マッチングしていくわけだ。
このクラスタリングというアプローチは、あらゆる資源において適用できる。そこで、ようやく前回からの「仕事の与え方」にもどる。人財という経営の根幹となる資源活用においても、当然クラスタリングは有効だ。ところが、私たちは真逆のアプローチをとっている。前回述べたとおり、完結したプロセス単位で仕事を塊としてとらえる。塊で渡していくのである。
人財という資源の一番難しいところは、「能力」という質的差異がある点だ。仕事を塊で渡していくと、この能力と仕事のアンマッチが生じる。たとえば、大手企業の課長の業務分析をするとしよう。業務分析の一つに仕事の価値分析というアプローチがある。その人が、何を何件、何分で処理したか。ストップウォッチとカウンターを使って、すべての仕事ぶりをデータ化する。そして、その仕事の一つ一つを、仕事の難易度で価値づけ(価格付け)をする。コピー取りは、自給800円のアルバイトがやってくれるし、できる仕事だから800円。経費精算は自給1340円の一般事務派遣の人ができる仕事だから1340円。こんな調子で、その課長が行った、すべての仕事を金額価値に置き換えていくのである。
さて、ここで考えてみていただきたい。大手企業の課長が、その人の時給相当の仕事をしている時間の割合は、全体の何割くらいになるだろうか? 言い換えると、時給を下回る仕事しかしていない時間は、全体の何割くらいになるだろうか?
もちろん企業や職種によっても異なるし、それから個人差もあるが、私がこれまでに見てきた多くのケースでは、課長が課長の時給並みの仕事をしている時間の比率は、全体の3-4割程度でしかないことが多かった。その分析結果を本人にフィードバックをすると、当然のように違和感を呈してくる。
「インターネットで検索して、情報収集をしているところ。これを坂本さんは新入社員並みの仕事だと評価しているけど、これは課の計画を立てるために必要な情報収集だったんだ。そのデーターをエクセルに転記して、グラフ化したり分析しているところも、坂本さんは若手社員レベルの仕事と評価してるけど、これも課の計画立案の一部。だから、いずれも課長の時給並みの仕事の一部だよ。」
たとえば、こんな具合だ。そこで、私たちは仕事をプロセスでクラスタリングして、人材の能力に合わせてマッチングすることを提案する。
「情報収集を新入社員に指示してやらせて、その結果を基に若手社員に分析させ、最後にそのアウトプットを引き取って、あなたが課の計画を立案したらよいのでは? いつも、新入社員に何をやらせたらいいのかわからないって、悩んでるじゃないですか。」
そうなのだ、仕事を塊で捉えるから、課長の仕事の大半が価値の低い作業になるし、逆にどんな仕事にも新入社員には難しいプロセスがあるから、新入社員に与える仕事を悩む。だけど、こうやって提案すると、
「それは、課長の仕事の一部だから、新入社員には難しい。」
と、頭から決めつけるのである。そういうとき、理屈で説得するのも難しいので、その場に新入社員を呼んで、実際にやらせてみる。
「商品Aのカテゴリーの市場規模、その業界シェアの内訳、それから今後5か年の成長予測。それをインターネットで検索して、情報を集めてみてもらえませんか? 課の事業計画の立案に使用するので、データの信ぴょう性が肝心です。なので、データの出どころが明らかなもので、かつ同じデータでも複数の出典がとれるのがのぞましい。できますか?」
最近の新入社員は優秀だ。このくらいの指示をすると、1時間もすると、たくさんのデータを見つけてくる。課長がそれ以上に時間をかけて得たものよりも、大量に。しかも使えるものを。で、次に若手社員を呼ぶ。
「このデータと、このデータを使って、わが社の商品Aのマーケットシェアの推移と、今後5年間の成長予測をパッと見ただけでわかるように視覚化したいのですが、やってもらえませんか?」
これも、意外とあっさりできたりするのである。
このように考えた時、現在議題に上がっている、「同一労働同一賃金」というコンセプトが日本の現場では『絵に描いた餅』であることがわかっていただけるのではないか。仕事を職種や組織レベルの大きな塊のまま、『同一労働』と区切ろうとしたって、その中身は難易度の低いものから高いものまで様々だ。これまでの裁量労働制にしても、結局この問題があるから、違法性の高い運用になっていったのである。たとえば私たちコンサルタントにしてもそうだ。本当に裁量をもって自ら考え、フレックスタイム、フレックスロケーションで働き方を調整し、成果だけを問われても違和感がない。そういう働き方をしているのは、シニアコンサルタントとプロジェクトマネジャーの、上位のほんの一握り。残りは、上位者の指示のもとに統制される働きバチだ。一般の企業の管理職はもっとひどい。ほとんど裁量などなく、その6-7割は通常の社員と変わらない仕事をしている。
無駄をなくし、より少ない時間で、より高い成果を生み出すためには、仕事をクラスタリングして、その内訳を難易度で分けて、社員に割り当てていく必要がある。
「新卒も中途も、募集のしかたや選考のしかたを企画立案するところはマーケティング能力の高いA君にやってもらおう。B君は自分で考えたり企画したりというレベルではなく、言われたことを言われたとおりにしかできないレベルだから、説明会の会場設営や荷物運び、資料の配布をやってもらおう。C君は分析したり、資料にまとめるのが上手だから、A君の指示に従って、資料作り全般をになってくれ。」
誤解しないでほしいのは、上記のB君が新入社員とは限らない。年次は関係ない。何才だろうがB君のようなレベルの人は一番低い給与水準となる。同一労働同一賃金とは、そういうことなのだ。
同時におなじ「企画立案」というレベルの仕事でも、人事と財経では報酬水準が変わる。市場価値が異なるからだ。同一労働同一賃金とはそういうことだ。だから、採用のしかたも一括採用ではおかしい。新卒だからみんなが同じ初任給という仕組みになっている段階で、同一労働同一賃金ではない。仮に、現在の一括採用を続けるなら、新入社員研修後、配属された段階で配属先によって給与が変わるという仕組みにならなければならない。
現在目指している、同一労働同一賃金や高度プロフェッショナルという仕組みを本当に実現させるつもりならば、採用も職種別、レベル別で募集をかけるべきだ。『人事制度の設計、運用について調査、問題解決、企画立案、調整を行なう人を募集。評価指標は○○、報酬は基本年俸○○円、成果報酬○○円……』といった感じだろうか。そうすると、応募する側も学生時代から、真剣に学部選びから自分のキャリアを考えるようになるだろうし、自分の将来設計を考えて、大手だからと安易に就職先を決めず、実際にやりたい仕事と生活水準のバランスを考えながら、仕事本位で選択するようになるはずだ。せっかく苦労して集めた新卒が、ミスマッチでやめていく。そういう問題を解決するには、仕事本位の採用に変えていく必要があるのだ。
もちろん、大手で安心して勤められれば仕事なんてなんでもいいという、いわゆる意識低い系の学生のほうが大半なので、そういう人たちでよければ、現在の日本企業の体制のままでよいだろう。だけど、現在の議論は求めるものだけは「高プロ」なのに、実態が以前のままという、目的と手段のギャップにおちいっている。前回から述べているのはそういう現状なのだ。
前回と今回はほぼ人事の人にしか興味のなさそうな話なので、最後は人事向けにまとめたいと思う。人事用語を使えば簡単な話なのだ。長々書いてきたが、単純に言えば、
「従来の日本の仕組みは職能給。同一労働同一賃金をふくむ働き方改革法案のほぼすべては職務給を前提としている。だから、本当にそれを目指すなら、会社の仕組みを根本から職務給に変えなければ整合が取れない。」
職能給から職務給へ。この一大転換を行う気力がないのであれば、変な欲を出して「高プロ」や「同一労働同一賃金」に手を出さないほうがいい。粛々と法令違反にならないように。それだけを目指したほうが無難だ。