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今日の一言

役職定年制と役職任期制: 

役職定年制というのは、大きな企業ではかなり普及している仕組みである。だいたい52、3歳くらいから55歳くらいで無条件に役職から外される仕組みになっており、同時に大きく報酬水準が下がるようになっている。
この役職定年制の目的を聞くと、十中八九、「管理職の若返り、世代交代を促すため」という回答が返ってくる。しかし、よくよく聞いていると、実は管理職の一歩手前、一般社員の最上位等級における、滞留問題を解決したいという本音が垣間見えるケースが多い。昔と違って、みんなが管理職になれる時代ではなくなった。組織が成長しなくなったから、ポストが限られる。管理職が長々と居座っていると、下が上がってこられなくなる。モチベーションが維持できず、辞めてしまう。だから、役職定年制で強制的にポストを開けさせて、後進に席を譲らせようというわけだ。
この仕組みの論理的な矛盾はここにある。成果主義、実力主義と言いながら、この部分だけ「逆年功序列」なのだ。歳をとった。ただそれだけの理由で、競争も評価もなく、後進に取って代わられる。ところが、下は下で、管理職として十分な経験も技量も、下手すると能力もない場合もあるので、優秀な前任者を外し、無能な後任者を席に座らせなければならないようなケースも出てくる。この場合も、評価や競争ではなく、「何事も最初は経験だから、前任者より劣っているのは仕方がない」と、大目に見るのだ。結局のところ、役職定年制というのは「外す理由を見つけられない(=適正な評価ができない)」という背景から作られたようなものだから、よほど明確に無能でない限り、一度役職につけたら、役職定年まで外せない。結局、ポストの硬直化につながっているのである。悪影響の割に、目的を達成できていない。制度矛盾に目をつぶりながら、「役職定年後の社員を動機付け、全力で働かせるためにはどうしたらいいか?」と、虫のいいことを考え、悩んでいるのが役職定年制の現状なのである。
こうした役職定年制に似た仕組みで、以前ちょっとだけ流行したことのある制度が、役職任期制だ。これが意外とうまくいっているケースを最近になっていくつか拝見する機会を得たので、このテーマについて書こうと思った。
役職任期制は、個々のポストに任期を決める。だいたい一期が二年であることが多い。政治家と違って、何回も再選できない。だいたい連続して任命されることができるのは二期までというのが一般的であるようだ。だから、最大四年。これを勤めたら、一つ上に上がるか、一度ポストから外れなければならない。だが、一期二年が経過すると、また再選できる。ポストについていると役職手当がつくが、外れると役職手当がつかない(残業手当がつく)。こんな仕組みが多いようだ。
この仕組みの良いところは3つ。一つ目は、役職が既得権益化せず、あくまでポータブルになるところである。ある企業では、最初はいろいろと抵抗もあったそうだが、役職者が自分の生活設計において役職手当を考慮に入れなくなったことで、だいぶ受け入れられるようになったそうだ。役職手当は常時つくものではないから、あくまで臨時収入と考え、ローンを組むときや家計を考えるときには考慮に入れない。役職についた時はラッキーと思って貯蓄に回したり、住宅ローンの期前返済に回す方が多いらしい。
二つ目は、人材育成、特に管理職育成の効果である。色々な仕組みがあり得るが、1期目で交代できない理由の多くが、「後任として務まる人がいない」というケースだ。たとえば、この場合、管理職自身にマイナス評価がつくような仕組みを入れたりする。理由は「後任となるべき人材をきちんと育てていなかった」というものである。だから二期目が終わるまでに安心して引き継げる後任を育てることを条件として、再選される。もし、二期目が終わってそういう人材が育っておらず、後任としてふさわしい人がいなければ、仕方がないので一時的に業績が落ちてでも、新任を充てる。新任からすればチャンスが与えられ、管理職としての実体験を得ることができる。ちなみに、育成に失敗してこのようなことになると、この前任者はその後二期4年間、役職につけなくなる。そんな仕組みを入れている会社もある。
三つ目は、人材プールの拡充である。役職定年制ではたいていの場合、管理職経験者数とポスト数が一致している。先入先出法のようになっているから、ポストが空くまで管理職を経験できない。逆にポストについたら役職定年まで勤め上げるから、ポストがあかない。十分な管理職の人数を確保できていないことが多い(だから、適正でない人も管理職になる)。役職任期制の場合、任期と任期のあいだがあるので、かならずポスト数以上の管理職経験者が発生している。この管理職経験者の中で、次の任期のポスト競争が行われているので、任期から外れている間も気を抜かない(優秀な方は、任期の間でポストについていない時こそ、先を読んだビジネスの仕込みをしたり、新たなスキルの習得に励んだりしている)。管理職について、十分な成果や能力を発揮できずに終わった人も、この期間に管理職の視点で業務に取り組み、リベンジを図る。この間にそういう向上や改善を図れず、管理職として不足という評価がされれば、役職につける可能性は低くなる。競争相手はたくさんいるのだ(会社からすれば、それだけ人材が充実しているということである)。
役職定年制と役職任期制。理屈で考えると、圧倒的に後者の方が合理的であるように思う。だが、役職定年制が幅を利かせ続ける。これはおそらく、役職任期制は「管理が大変だから」だろう。人事の人数を増やすなり、いまはやりのタレントマネジメントシステムを入れるなりして、この「大変だから」という問題を解決した方がいい。労働力不足への対応をはじめとする「働き方改革」の成否は、その殆どが管理職のクォリティーにかかっているからだ。不適切な管理職が居座っている会社で、残業削減やパワハラ撲滅、多様性の開花が進むわけがない。まさに喫緊の課題なのである。