2019.04.23
(6)コンピテンシーレベルに関わるよくある質問 ②機会がなかった場合(つづき)
前回の続きとして、
「高いレベル(3.0以上)のコンピテンシーを発揮する機会がなかった場合、どのように評価すればよいのか?」
と、いう質問について、企業の人事制度としてはどのように回答すべきかを考えていきたいと思います。
回答の方向性としては大きく二つの要素に分けて考えるといいでしょう。
一つ目は、『期間の捉え方』です。
コンピテンシーを期中の評価に活用するとき、多くの企業では、年度考課(年に一回実施され、昇給降給や昇格降格など基本給の上下動に反映される評価)に用いられています。
※なぜそうなのかという点については、後日、コンピテンシーを用いた人事制度設計のしかたというところでご紹介していきます。
年度考課の評価期間は通常、期初から期末までの1年間でしょう。しかし、本来のコンピテンシーの考え方では、あまりこの期間に縛られずに、
「来期以降、この人がどのくらいの確率で成果を再現できそうか?」
と、考えて評価すればいいということになります。
最初のほうでも書いたとおり、成果の再現性はあくまで予測ですから、データ数、つまり根拠となる実績、事実関係が多ければ多いほどいい。ですから、1年間と期間を限定して、数少ない事例で評価しようとするよりは、少し長めに期間を取って、数多くの事例を根拠にしたほうが、妥当性の高い評価につながります。
一方、コンピテンシーは、保有能力ではなく、あくまで、
「どれだけ仕事という場面で、成果を生み出すという目的につながる形で活用されているかどうか?」
と、いう視点ですから、どんなに高い能力でも、あまりに長い間、使われていないと、それはそれで再現性に『?』が付いてきます。
わかりやすく言えば、
「あの人は5年前まで、ものすごくたくさんのレベル3.0が確認できたけど、この5年間、一度もそういう実績がないよね。」
というように、5年もの間、一度もレベル3.0を発揮していないとなると、
「保有能力は高いのかもしれないけど、このままだと、たぶん来期も、その次も、レベル3.0以上が発揮される可能性は低いよね。」
という、予測になるでしょう。
このあたりは、本来は評価の目的と状況に応じて柔軟に判断すればいいのですが、評価制度としてコンピテンシーを運用する場合、ある程度ガイドラインや基準を設けないと、透明性が失われます。そこで、たとえば以下のようなルールを設けることになります。
「本来は、年度考課は1年間が評価期間だから、1年間の中で根拠となる事実関係、実績がなければならない。ただし、今期そのような機会がなかったという場合は、1年だけ猶予期間として、前年の評価を繰り越せるようにしよう。」
この場合、1年だけ猶予とするのは、イエローカードというイメージです。誰に対するイエローカードかと言えば、評価者、言い換えると上司に対するイエローカードです。
機会がなかったということは、レベル3.0を十分に発揮できる人材がいるのに、そのコンピテンシーが求められるような仕事を与えていなかったということでもあります。
もちろん、ビジネスですから、何でも予測できるわけではないでしょう。
「この仕事なら、この人のコンピテンシーが十分に発揮されるだろう。」
と、予測して仕事を与えても、
「思ったよりも簡単だった。何も問題やイレギュラーが起きなかった。」
と、いうことも当然ありうるわけです。だから、それは良しとしましょう、と考えます。
しかし、思ったよりも簡単だった。何も問題が起きなかったという実績が出てきたにもかかわらず、来期も同じ仕事を与え続けたとしたら、本人にとっても組織にとっても、いいことではありません。
そこは上司として、仕事の与え方をしっかり考え、見直した方が良い。いや、見直してほしい。
こんな意味合いを込めて、
「機会が無かった」
と、いう評価を、上司自身がイエローカードとして受け止めて、
「来期はきちんとこの人のコンピテンシーが発揮されるような、より難易度の高い問題や課題を与えていこう。」
と、意識してもらうことが大切なのです。
これが、『繰り越しあり』とする場合の考え方です。
二つ目は、『機会の捉え方』です。
レベル3.0以上を発揮するための機会とは、問題や異常の発生という事態です。
クレームが生じる。
納期の遅延が生じる。
いつもなら3日でやるものを、なんとか1日でやってくれというように、通常と異なる要求をされる……などなど。
その人が担当している仕事で、期待された成果を出そうとすると、当然想定されるような、様々な問題の発生。これがレベル3.0の発揮機会となります。
ところが、その問題が発生しない。それを、
「機会がなかった。」
と、捉えるから発生するのが今の議論です。
そこで、機会、言い換えると問題の捉え方を少し変えてみようというアプローチがあります。つまり、
「発生しないのなら、自分で発生させるべきではないか。」
と、いうアプローチ。
ここで気をつけなければならないのが、『問題』の定義です。問題という言葉を、不都合な状況という風に捉えると、議論になりません。
「自分で何か問題を起こして、それを解決したらレベル3.0なんておかしいじゃないか!」
と、即座に反論が出されるでしょう。そんなマッチポンプを奨励しようという話ではありません。
問題とは、昔から、
「あるべき姿と現状とのギャップ」
と、定義されています。ビジネスの世界でわかりやすくするなら、
「目標と現状のギャップ」
と、言い換えても構いません。
自ら問題を発生させるというのは、つまり、
「あるべき姿(目標)を引き上げる」
と、いう意味なのです。
通常、普通にやれば、30時間くらいの残業で終わる仕事があるとしましょう。周囲の期待や認識も、
「その仕事をやるには、30時間くらいの残業は仕方がないよね。」
と、いう仕事です。つまり、あるべき姿は、
「30時間くらいの残業時間で、ミスなく、納期内に終える。」
と、いう仕事。
その仕事を、その通りに終えればいいのですが、そこで、
「坂本さん、残業規制が厳しくなったので、その仕事を残業ゼロでやって。」
と、言われると、ギャップが発生するわけです。そこで頭を使い、工夫して、というレベル3.0が求められる。まさに機会が発生するわけです。
さて、今の質問は、
「そういう機会がなかったから、レベル3.0が発揮できなかった。」
というケースについて、どう評価すべきか、というものです。
そこで、このような回答があり得るわけです。
「自ら、誰に言われるでもなく、あるべき姿を引き上げれば、自ら機会を作り出し、3.0を発揮できたはずですよ。」
と。つまり、上記の例で言えば、機会がなかったということは、
「30時間くらいの残業で、ミスなく、納期内に仕事を終える。」
と、いうのがあるべき姿で、現状、それはなんの工夫をしなくても、従来通りやれば(つまり、レベル2.0で仕事をすれば)達成できる状態だということになります。
現状とあるべき姿にギャップがない。
そこで、機会がないとか言ってないで、自らの意思で、
「よし、じゃあ残業ゼロで、ミスなく、納期内に仕上げてやろう!」
と、考えればいいじゃないか、ということです。
人事制度の目的として、
「自ら、より高いレベルのゴールに向けてチャレンジする」
という人財を育成していくことを目的としているならば、このアプローチもありでしょう。
ただし、この回答を用いる場合、気をつけなければいけないのは、
「評価尺度に、3.5を用いていないこと。」
という点です。実は、
「自ら、高い成果を意図して、期待や要求を超えた成果を出す。」
という、上記回答の要件は、厳密に言えば、意図で差別化するレベルになりますから、レベル3.5という判断になるのです。(3.5の定義は以前のコラムをご覧ください。)
ただ、3.5というのはもともと中間点ですから、3.0に含まれる概念です。
「うちの会社では、なんの問題もない時には率先して、より高いレベルの成果を出そうとして工夫することを、すべての社員に期待しているんだよ。」
と、いうメッセージを出したいのなら、3.5という加点基準は作らず、3.0と評価したほうがいいでしょう。すると、自ずと、
「機会がなかった場合は?」
などという質問は出てこなくなるはずです。
このように、期間の捉え方と機会の捉え方。この二つを組み合わせれば、
「機会がなかった場合の…」
という質問には答えられるのではないかと思います。
なお、ここまで3.0についてだけ、この回答をとりあげたのは、上記のとおり3.5以上のレベルというのは、
「思考(解決力)よりも上流で差別化するレベル」
ですから、自ら機会を作り出すというのは、自ずと要件に含まれています。
ですから、そもそも
「機会がなかったら?」
と、いう質問が出てくる段階で、その人が3.5以上のレベルであるわけがないのです。
と、いうことで、「機会がなかったら?」というよくある質問への回答はここまでで終了です。