2018.07.03
権限と責任、効率とやりがい
日本の企業はなぜ、こんなに効率が悪いのか?
ちょっとした仕事でもいい。業務プロセスを最初から最後まで丁寧に分析していくと、その答えの一つが本日のタイトルにあることがよくわかる。
たとえば、経費精算というどこの会社にもある仕事。このプロセスを分解して見ていくと、大きな会社ではだいたいこんな感じになる。
1)経費使用時に領収書をもらう
2)経費精算書に記入する
3)使用部署の課長が検印する
4)使用部署の部長が検印する
5)経理担当者が内容を確認し、不備を指摘する
6)経理担当者が検印する
7)経理課長が検印する
8)経理部長が検印する
9)会計システムに入力される
もちろん、費用の多寡によって部長印がいらなくなったり、システム入力のタイミングが異なったりすることはあるだろう。肝心なのは、「この経費についての責任は誰にあるのか?」ということの曖昧さである。普通、検印システムをとるのであれば、責任者は「最後に印を押した人」でなければならない。上記の例で言えは経理部長。ところが実際には、経理部長は「この経費処理が間違っていない」ということを確認する責任者であって、「この経費を使用する」ことについて権限と責任を持っているのは、使用部署の部長なのである。つまり、経理の課長や部長がプロセスに関わる前提は、あくまで「現場の管理職は経理のことなどよく知らず、経理の処理を間違えるから」なのである。
人事、経理、法務など、大きな企業ほど管理部門が発達している。そういう専門の部署があるのだから、当然、営業や生産など、現場の管理職はそうした管理業務について「詳しく知る必要はない」と考える。優先順位が下がるから、真剣に理解しようとしないし、ミスも増える。悪循環である。
上記の経費精算を例に挙げるなら、経費の使用基準や手続きは、本来、管理職であればだれもが知っていなければならないはずだ。使用する権限があるということは、正しく運用するという責任も伴うのだから。だから、経理が確認したり、間違っていないということを担保する仕組みを作るのではなく、処理を間違えた管理職をきちんと罰するべきなのである。経理が毎回面倒を見てやる必要などない。
人事にしても同様だ。人事で言えば、現場の管理職に人件費責任を持たせていない会社が非常に多い。人件費は普通、最も大きな事業コストである。にもかかわらず、自分の組織でどのくらいの人件費がかかっているのか、その結果、自分の組織が黒字なのか、赤字なのかを期末になるまでわからないという管理職すらいる。自分の組織にはどのくらいの単価の人間が何人必要で、その人たちに残業させるのと、新たな人員を増やすのはどちらが得なのか。正社員を雇用するのと、派遣社員を活用することの、どちらが妥当か。自らの組織の職責を全うし、費用対効果を最大化するために、人材をどのように採用、育成、処遇するのか。本来は現場の管理職が考えるべきことだ。
金と人。二つのマネジメントの大事な部分を本社の管理部門が囲い込むから、現場の管理職の成長機会が奪われているのである。一人一人の課長に独立採算制のように権限と責任を持たせていくことが必要だ。営業や生産はもちろん、経理であれ、人事であれ、企画であれ、「売上(手数料収入)」の概念をしっかり持たせていく必要がある。同様に、人件費を含めて、権限と裁量を持たせていく。必要な人員を採用し、採用したからにはきちんと育成、評価、処遇していく権利と責任を持たせる。働き方改革という他人から押し付けられた目的で残業削減に取り組むのではなく、組織の経営を自分で考えたうえで、コンプライアンスや利益率という観点から自主的に取り組む。そうやって、一人一人の管理職の『経営力』を高めていかなければ、現場のやりがいも効率も上がらないのである。
では、人事や法務や経理は何をするのか。基本的にはそういう経営者としての管理職に対するコンサルタントであり、アウトソーサーであればよい。自力での採用が難しければ、人事に依頼する。雇用契約や社会保険の手続きを自分たちでやっていたら大変だから、人事に依頼する。その対価として決められたフィーを払う。そのフィーが不当に高ければ、社内の人事ではなく、外部のエージェントやコンサルタントを使えばいい。人事だってコスト競争力が求められるし、外部に顧客を奪われないように、インサイダーとしての強みを生かしてサービスを差別化する努力をすべきだ。
収入と支出。その両方について十分な権限が与えられ、責任が伴わなければ、動機づけの要因の一つである「自己効力感」や「自己決定感」を得られない。逆に、この責任と権限を与えられれば、自ずと結果を検証しながら自らの能力を振り絞り、その達成感を享受することも、未達成の場合に次に向けて修正をかけていく能力も、いずれも得ることができる。やりがいと効率のいずれをも確保したければ、権限と責任を与えることが不可欠なのである。
こうした話をすると、たいていの場合「現実的ではない」と一蹴される。それはそれぞれの企業の「現実」によるだろう。少なくとも、このような責任と権限の与え方は海外では普通だし、日本でも『課単位の独立採算制』を導入している会社はいくらでもある。
完結した組織経営の能力を求められるような成果責任と、その遂行に必要な権限をしっかり与えていく。少子化と機械化が進む今後のビジネス環境の中で、差別化された組織を作っていくためには、そうやって管理職の経営能力を鍛えていく必要があると、日本企業の現場を見ているとつくづく思うのである。