2019.11.01
実用編(1)業務分析 ①“高業績者”とコンピテンシーの関係
どんな形であれ、コンピテンシーを何らかの役に立てようとするときに、まず最初に行うべきことは、業務分析です。
『コンピテンシーとは』のところでご紹介した通り、万能な強みというのはあり得ません。その場面で求められる成果、環境が異なれば、同じコンピテンシーでも強みとなることもあれば、弱みとなることもある(場面特異性)。
ですから、採用であれ、評価であれ、育成であれ、コンピテンシーを有効活用しようと思ったら、まずは『場面』を定義し、その場面で求められるコンピテンシーがどのようなものかを定義しなければなりません。
そのために必要な作業が業務分析です。
この連載の最初、コンピテンシーの和訳について述べた際、「高業績者に共通して観察される行動特性」という和訳はいったん忘れておいた方が良い、という趣旨のことを書きました。
コンピテンシーとは、仕事という場面で、成果につながるように役立てられている力(ちから)だ、と。『高業績者』とか『行動特性』というのは、応用部分で出てくる、コンピテンシーという考え方の一部を指す言葉だ、と。
業務分析について話を進めていくと、なぜインターネットや書籍でコンピテンシーを調べると、『高業績者』という和訳が出てくるのかという、積み残したお話の一つを終えることができます。業務分析の話を進めるにあたって、まずはこの点をクリアしておきたいと思います。
採用であれ、評価であれ、育成であれ、コンピテンシーを実務で活用する目的は、たった一つしかありません。
それは、「成果をあげること」です。
仕事やビジネスに限りません。学校の部活でレギュラーになって、試合に出たい。大会で優勝したい。そんな場合でもコンピテンシーは役に立ちます。
また、スキューバーダイビングでできるだけ酸素を消費せず、長く潜っていたいとか、限られた潜水時間の中で、希少な海洋性物の写真をできるだけたくさん撮りたいとか、そういう趣味の場面でだって、コンピテンシーは使えます。
仕事であれ、趣味であれ、何かに取り組み、成果をあげたいのなら、その目的に向かって、コンピテンシーというツールを実用化するわけです。
成果をあげるためには、まずは『成果をあげる方法』を見つける必要があります。成果をあげる方法を見つけるためには、どうしたらよいでしょうか?
そう考えて出てきたのが、
「実際に高い成果をあげている人の、仕事のしかたを調べればいいじゃないか。」
と、いう発想です。
高い成果をあげている人、つまり高業績者がどうやって成果をあげているのかを聞いて、それを真似したら、誰もが成果をあげることができるじゃないか、と。
ここで用いられた調査手法が、高業績者に対するインタビューです。基本的には、基礎編で述べてきたコンピテンシーインタビューの要領で、具体的に高業績者の仕事のしかたを聴いていきます。それによって、その成果を出すために、どんな思考、どんな判断、どんな行動が有効なのかを抽出していくわけです。
ただし、評価のためのインタビューとは異なり、その人が「工夫したこと」や「むずかしかったこと」といったつまみ食いのインタビューでは、目的を達成できません。
なので、その人が、ある成果をあげるために、いちばんはじめにとった『第一行動』からはじめて、いっさい省略せず、どんなにつまらない手続き的な行動であってもすべて聞いていきます。
そうやって、予断を持たず、すべてのプロセスを聴いていくことで、その仕事、その職種、その場面において、『成果を生み出すために必要な要素』を抽出していくわけです。
この高業績者インタビューの結果、『成果を生み出すために必要な要素』を、行動なり能力要素なりに整理して、評価項目化したものをコンピテンシーモデルと言います。
そう、冒頭に紹介した『高業績者に共通して観察される行動特性』という和訳は、実はコンピテンシーの和訳ではなく、コンピテンシーモデルの説明なのです。
似てるけど、全然違う。コンピテンシーモデルというのは、コンピテンシーを実用化するときの、分析の一過程、ツールの名称にすぎません。
実際には、この高業績者インタビューを実施して、そのアウトプットとしてコンピテンシーモデルを作るというのは、方法の一つではありますが、唯一のものではありません。
むしろ、実際にコンピテンシーの実用をお手伝いしていると、この方法が適用できるケースのほうが少ないというのが実態です。なのに、無理やりこのやり方をあてはめようとするから、現実ばなれした制度や運用になる。その結果、
「コンピテンシーは難しい。」
「コンピテンシーは使えない。」
という、批判や誤解につながっているのです。
一方で、以前も書いた通り、この和訳が間違っていると言い切ることはしません。すくなくとも、高業績者に共通して観察される思考や行動をモデル化して、それを他者に示して、同様の行動や思考を身に着けさせようという、コンピテンシーのアプローチは実在しますし、それが有効なケースも多々あります。しかし万能ではない、というだけ。
「そういうコンピテンシーもある」ということは、間違いないのです。
でも、どちらかといえば、これらはあくまでコンピテンシー導入時の、『業務分析の一手法に過ぎない』と考えたほうが、コンピテンシーの本質を全体像として理解するうえでは適切だと思います。
まとめに変えて、コンピテンシー導入の第一歩、最初のプロセスを整理します。
コンピテンシーを何らかの目的に向けて導入するときは、
(1)業務分析をして、「どのような場面において」「どのような成果を求めているのか」を具体的に定義する
(2)その分析結果から、「どのようなコンピテンシーを求めるのか」を定義する
と、いう2ステップが必要です。
そして、(1)については高業績者インタビュー、(2)についてはコンピテンシーモデルというのが、よく紹介される方法です。
しかし、決してそればかりではない、というのが、今回の主旨でした。
次回からは、まずは(1)業務分析の方法について、高業績者インタビューも含めてご紹介していきます。