2019.02.22
(5)コンピテンシー分析の基礎 ⑦コンピテンシーレベル5
<レベル5>
レベル4の段階で、すでにかなりの競争力を有したレベルであり、ハイパフォーマーと呼ばれる人財であることは間違いありません。しかし、レベル4にも限界があります。
レベル4の限界は、「状況に直面しなければ起動しない」というものです。
行動発生過程に沿って表現すれば、状況が発生し、それを認識した後の『意図の持ち方』が高い。『意図形成』のところで差別化する。それがレベル4です。
ですから、何も状況に変化がなく、問題や課題と認識すべき事象が存在しなければ、高い意図も発生しない。これがレベル4の限界です。
レベル5とは、行動発生過程の最初のところ、『状況認識』のところから差別化が始まるレベルです。
目の前で、誰もが認識するような明確な状況変化が生じていない。普通は、そこで何か行動を起こさなければならないという認識を持たないし、当然、何の意図ももたない。
レベル5とは、そのような状況において、自らの頭の中から全く新しい状況を構想するところからスタートできる。そういうレベルです。
「こんな状況を生み出したい。」
「こんな状況になったらいいな。」
「こんな状況になるべきだ。」
たぶん、それを普通の人、特にレベル3以下の人がきいたら、
「この人、なにを言っているんだろう?」
と、いぶかしく思うかもしれません。そのくらい、誰も思いつかない。思いついたとしても、絵空事だと思い、手の届く現実とは思わない。
誰もが知っている、レベル5をイメージしやすい例を挙げてみましょう。
たとえば、ライト兄弟。あの兄弟が、
「空を飛びたい。」
と、構想(夢想)したとき、人類はまだ飛行機というものを知りません。おそらく、空を飛びたいと思った人はいたかもしれませんが、あくまで絵空事、空想の世界と考えたでしょう。よもや実現しうる状況とは考えなかったに違いありません。
もちろん、状況を構想するだけでは、レベル5とは言いません。コンピテンシーは具体的に行動化して成果を出せるところまでつなげることができて、はじめて認知される能力です。だから、構想しているだけでは、ただの妄想家にすぎません。ジュールベルヌが海底二万マイルを旅する深海艇を構想したとしても、それはあくまで空想に過ぎないのです。
ライト兄弟は、それを具体化しようという『意図を形成』し、どうしたら飛べるかという『方策を思考』して、それを『実行』しました。そして、空を飛ぶという意図を実現したのです。これが正にレベル5の具体例。
誰も思いつかないようなまったく新しい状況を構想し、過去になかったまったく新しい状況を創造する。これがレベル5の定義となります。
ただ、単に誰も想像しないような状況を構想し、それを実現したからと言って、それがただちにレベル5と言えるかというと、そうでもありません。
『成果』という言葉を考えれば、何の役にも立たない、ただの自己満足を実現するだけの状況をいくら作り出しても、それは成果とは言えないでしょう。
構想した『状況』が市場から認められ、みんなが古い『状況』からその人が作り出した新しい『状況』に追随してくる。古い状況が新しい状況に塗り替えられる。そうならなければ、成果とは認められません。
たとえば、スティーブジョブズが新たなデバイスとして、
「キーボードなんてついていない。マニュアルもない。字を読めない幼児ですら、触っているだけで使い方がわかり、楽しめるようになる。そういうデバイスを作ろう。」
と構想して、多額の開発費を投入してiPadを世に送り込んだ時、世間の評価は、
「こんなもの、売れるわけがない。」
と、いうものでした。そこで終われば、世の中は相変わらずキーボード付きのPCが牛耳っていたことでしょう。それでは、このケースはレベル5とはなりません。
ところが、このタブレットという新たなデバイスが世の中に認められ、ほとんどのデバイスメーカーが物まねをはじめ、今やタブレットのほうがマーケットの主流となっている。そうなって初めて、成果として認められますし、スティーブジョブズはレベル5だった、ということがあらためて確認できるわけです。
世の中が古い状況から新しい状況に塗り替わるということは、評価尺度が切り替わるということでもあります。
「ビジネスにおける使いやすさ」という評価尺度で圧倒的な地位を築いたマイクロソフトに対して、アップルは「日常生活における使いやすさ」という評価尺度に塗り替えたということになります。このように、価値観や評価尺度を転換させるという効果を持つので、レベル5を『パラダイム転換』と表現することもあります。
自動車の世界でも、一昔前はパワーや加速といった運動性能が主要な評価尺度でしたが、いまは燃費などの環境性能が主要な評価尺度になっています。これも本田(シビック)やトヨタ(プリウス)のレベル5の誰かがもたらしたパラダイム転換だと言えるでしょう。
これで、コンピテンシーの5段階の紹介がすべて完了しました。
次回は、この補足として、実務上よくつかわれる中間点についてご紹介したいと思います。