2016.02.11
運、不運
運がいいとか、悪いとか言う。無論、そういうこともある。しかし、コンピテンシーアセスメントをしていると、運の問題ではなくその人の思考や行動による結果であることが、意外と多い。むしろ、同じ事象に出会っても、それを運が良いと捉えるか、悪いと捉えるかで、結果が変わってくるケースが多いような気がする。
例えば、想定外のクレームが発生する。そこで「運が悪い」と思い、発作的にとにかく謝ってなんとかこの苦難を逃れようとする。こういう人は、後になって「運が悪かった」と、総括して終わる。ところが、同じ事象でも、後から「私は運が良かった」という振り返り方をする人もいる。そういう人は、そのクレームに直面したときに、慌てず、冷静に相手が何に腹を立てているのか、原因を考える。そして、単に難を逃れるのではなく、前向きに解決しようとする。「この人の不満をなくして、なんとか喜んでもらいたい」とか。で、頭と心と体を駆使して、全力で問題と向き合う。それが奏功して、相手が喜んでくれて、「ありがとう、君が対応してくれて良かった!」と言われると、後になって「あの時は運が良かった」と振り返る。
もちろん、そんなにうまくいくばかりではない。最低限のOKが出ただけで終わったり、うまく解決できずに終わってしまう場合もある。そういう時は、相手が帰ったからといって、その人の中ではこのクレーム騒ぎは終わらない。「なぜ、こんなクレームが起きたのか?」とか、「どうしていれば、相手がもっと満足してくれたか?」と、考えて、試行錯誤を繰り返す。そうしてある時、クレームがなくなったり、より良い解決ができるようになった時、「あの時、ご満足いただけなかったあのクレーム。あれがあったから、今の自分がある。」というように振り返り、「あんなクレームを経験できた自分はラッキーだった。」と総括する。
困難な事象が起きた時、眼前の危機にうろたえ、逃げようとすると、結果的に不運と認識するし、不運な結果になる。困難な事象に前向きに向き合い、中長期的な視点でそれを機会として活かそうとする人は、結果的に幸運と認識する。
上記はあくまで一例にすぎない。しかし、運、不運とは事実ではなく認識にすぎないわけだから、結局はその人がどう捉えるかにかかっているのではないか。