2016.02.02
理系=論理的?:
営業や事務など、専門性を問わない職種(いわゆる文系職種)でも、理系の学卒に人気が集まっている。新卒採用での話だ。「理系の子のほうが、論理的にものを考える習慣が身に付いている」と、いうのがその理由であることが多い。
しかし、様々な企業で人材の育成や評価に関わっていると、どうもこれは思い込みや先入観に過ぎないのではないかという気がしている。
コンサルティングやアセスメントの際に提出された文書を見ていると、そう言わざるを得ない事象に多々出会う。理系の職種についている社会人でも、論理的に考えることができていない人にたくさん出会うのだ。情報が整理されておらず、時に根拠が欠落している。こんなことで、研究職がつとまっているのか? と、思って実際の研究について話を聞く。すると、研究のプロセスや文書については論理的に組み立てられていたりするのである。
私は思い切り文系の人生を歩んでいるので、あくまで仮説である。が、理系の子が論理的なのではなく、理系の学問のフレームワークが論理的なだけなのではないだろうか。理系の子の多くは教わったフレームワークやフォーマットを運用しているだけで、自ら論理的に物事を組み立てているわけではないのではないか。だから、一歩外に出てその分野から離れると、途端に論理的でなくなる。コンピテンシーの尺度で言えば、レベル2にすぎないということになる。
もちろん、これに当てはまらない人もたくさんいるだろう。ただ、その人は理系だから論理的なのではなく、その人が論理的なのだ。これは文系だって変わらない。
そう考えると、理系の中から論理的な人を選び出す方が、むしろ難しいということになる。学校での取り組みを聞いている限り、それが既存のフレームワークに乗っかっているだけなのか、真にその人がゼロベースで論理的に考えたのかがわからないからだ。
理系だから論理的という先入観にとらわれず、学問という本業から離れたところで起きた問題を、どのように解決したのかを聞いてみるといい。アルバイトでも、受験勉強の仕方でもなんでもいいので、その人が自ら根拠となる情報を収集、特定し、原因究明から対策立案までの道筋を論理的に組み立てることができていたならば、その人は理系のなかでも「本当に論理的」な人である可能性が高い。
